熊本地方裁判所 昭和58年(行ウ)13号 判決 1985年3月28日
原告 甲野一郎
右訴訟代理人弁護士 衛藤善人
同 三藤省三
被告 菊鹿町
右代表者町長 富田從道
右訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 原告が被告の職員たる地位を有することを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告の前町長乙山松夫は、町長の任期が終了する直前の昭和五八年二月一日原告を被告の土木課職員として採用したが、前町長乙山松夫は昭和五八年二月三日をもって町長の任期が終了して退任し、次いで、昭和五八年二月四日被告の町長に就任した現町長富田從道は、先ず、昭和五八年二月五日付で、原告の採用が地方自治法一七二条、菊鹿町職員の定数に関する条例二条一号に違反し菊鹿町職員定数を超えて過員を生ずることを理由として採用を取り消す旨の処分(以下「採用取消処分」という。)をし、次いで、昭和五八年七月三一日付で、原告が被告の職員としての適格性がなく、かつ、菊鹿町職員定数を超えて過員を生ずることを理由に地方公務員法二八条一項三、四号による分限免職処分(以下「分限免職処分」という。)をした。
2 しかしながら、採用取消処分及び分限免職処分のいずれも次のとおり重大、かつ、明白な瑕疵があるから無効である。
(一) 原告は、従前、熊本市内の甲川社に勤務し、測量士の資格を得て被告の委託にかかる道路、運動公園の測量等に従事していたところ、被告の前町長乙山松夫は、農地の圃場整備事業、災害復旧工事等に関連して測量技師を必要としていたことから、原告の測量経験を評価して採用する前原告に対し被告の技術職々員として条件付採用でなく直ちに正式採用する旨明言したので、原告はこれを信じて被告に採用される直前の昭和五八年一月三一日甲川社を退職し、被告の前町長乙山松夫に昭和五八年二月一日付で被告の職員として採用されたものである。従って、原告の採用が条件付採用であったとしても、原告が被告の職員に正式採用される期待利益は、格別の理由もなく侵害すべきではなく法的に保護されるべきである。しかるに、被告の前町長乙山松夫が退任し、次いで、被告の町長に就任した現町長富田従道は、原告の右採用時の事情を無視して被告の職員定数を定める条例に違反し過員を生ずる旨の被告の一方的事情によって採用取消処分をしたのであるから、採用取消処分は、客観的合理的な理由を欠き、重大、かつ、明白な瑕疵があり無効である。
(二) 次に、条件付採用期間内であっても分限免職処分をするには、過員を生ずる旨の被告の一方的事情だけでは足らず、一定期間職員の実務能力を観察しこれに欠ける者の排除を目的とする条件付採用期間の制度の趣旨に照らし、原告が適格性に欠け実務能力のない旨の客観的合理的理由の存在する事を要し、これを欠く分限免職処分は、重大、かつ、明白な瑕疵があるから無効である。
3 よって、原告は被告に対し原告が被告の職員たる地位を有することの確認を求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
1 請求原因に対する認否
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2は争う。
2 被告の反論
(一) 原告は、被告の昭和五七年度採用試験の昭和五七年一一月七日に実施した第一次試験(数養 一〇〇点、適性 五〇点以上合計一五〇点満点の筆記試験)において一般事務B(長部局、教育委員会事務局に勤務し、対外折衝、調査等の職務及び時間外の勤務を比較的多く要する職務等男子にふさわしい事務に従事するもの)受験者二六名中二三番目の四六点の得点であり、第一次試験の合格者は上位三名であって原告は不合格者であった。そこで、被告は右合格者に対し昭和五八年二月一七日第二次試験を実施し個別面接による人物試験及び身体検査をし、第二次試験合格者二名を選び昭和五八年度菊鹿町職員採用予定者名簿に登載した。
ところで、地方公共団体の職員の定数は、地方自治法一七二条三項により条例によって職員数を定めるべきものとされており、被告の職員数は、菊鹿町職員の定数に関する条例により、町長の事務部局の職員数を書記四九名、その他の職員二六名、保育所職員二四名以上合計九九名と定められていた(同条例二条一号)。
しかるに、被告の前町長乙山松夫は、昭和五八年一月二三日施行された町長選挙で落選し、被告の現町長富田従道が当選し、前町長乙山松夫の任期が終了する昭和五八年二月三日当時、町長の事務部局では、保育所の保母(女性)一名しか欠員がなく、かつ、被告職員の採用については、昭和五七年度以降選考による採用を排して競争試験による合格者の中から採用する事にした被告の方針に反し、突然、前町長乙山松夫は、右任期終了日に第一次試験合格者一名及び原告ほか二名の第一次試験不合格者以上合計四名を被告の職員として採用する旨表明し、被告の総務課長に採用辞令の作成を命じた。そこで、総務課長は保育所を除き事務部局に欠員がなく、採用しようとする者のうち原告ほか二名は第一次試験の不合格者である等の理由から採用すべきではなく、熊本県鹿本事務所も同意見であり採用を思いとどまるよう意見を述べたが聞き入れず、前町長乙山松夫は自ら原告を含む右四名を昭和五八年二月一日付で被告の職員として採用する旨の辞令を作成し(甲第一号証)、総務課長をして原告ほか三名に交付させた。
被告の現町長富田従道は、当選後昭和五八年二月四日初登庁して始めて右事実を知り、熊本県の担当者とも協議し、右違法な採用を実質的に撤回するため原告ほか三名に対し、直ちに昭和五八年二月五日付で菊鹿町職員の定数に関する条例に反し過員を生ずることを理由に採用を取り消す旨の告知をし、かつ、採用取消通知書を交付し、その際、口頭で第一次試験の不合格者である原告ほか二名に対しそのことも採用取消しの理由である旨の告知をした。
なお、前町長乙山松夫は、任期終了後昭和五八年二月二〇日、町長の権限がないのに原告を被告の土木課工務係を命じ一般行政職五等級六号俸を給する旨の辞令を作成して被告の総務課長をして原告に交付させたが、右辞令は無権限者の作成したものであるから無効である。
以上のとおり、そもそも、甲第一号証の辞令による原告の採用自体、被告職員の採用については昭和五七年度以降選考による方法を排し競争試験による方法によって採用するとの方針に反したものであって、重大、かつ、明白な瑕疵があり、さらに、職員定数条例にも違反して採用試験の不合格者を敢えて採用した違法、かつ、不当な行為を実質的に撤回するために採用取消処分をしたのであるから、採用取消処分は正当であってなんらの瑕疵もない。
(二) 仮に採用取消処分が無効であるとしても、原告の採用は、地方公務員法二二条一項によって条件付採用であり、採用した昭和五八年二月一日から六か月間良好な成績で職務を遂行したときに正式採用されるのであるが、前記のとおり原告は被告の採用試験の成績が悪く、被告の職員としての適格性、特に基礎的知識及び学力を欠き(同法二八条一項三号)、しかも、条件付採用期間が満了する昭和五八年七月三一日に正式採用となれば、菊鹿町職員の定数に関する条例に違反し職員定数を超えて過員を生ずるので、既に採用取消処分によって原告が被告の職員たる地位を失ってはいるが、念のために、分限免職処分をしたのであって、採用取消処分が適法かつ有効なものとして確定すれば、分限免職処分は無効となる筋合である。
第三証拠《省略》
理由
一 被告の前町長乙山松夫は、町長の任期が終了する直前に昭和五八年二月一日付で原告を被告の土木課職員として採用し、前町長乙山松夫が昭和五八年二月三日をもって任期終了により退任し、次いで、昭和五八年二月四日被告の町長に就任した現町長富田従道は、先ず、昭和五八年二月五日付で原告の採用が地方自治法一七二条、菊鹿町職員の定数に関する条例二条一号に違反し菊鹿町職員定数を超えて過員を生ずることを理由として採用を取り消す旨の処分をし、次いで、昭和五八年七月三一日付で、原告が被告の職員としての適格性がなく、かつ、菊鹿町職員定数を超えて過員を生ずることを理由に地方公務員法二八条一項三、四号による分限免職処分をしたことは、当事者間に争いがない。
二 原告は、採用取消処分が採用時の事情を顧慮せず、単に菊鹿町職員の定数に関する条例二条一号に違反し過員を生ずることのみを理由とする処分であって客観的合理的な理由を欠いており、これを欠く採用取消処分には重大、かつ、明白な瑕疵があることになるから無効である旨の主張をするので、以下検討する。
《証拠省略》を総合すれば、原告は、従前、熊本市内の甲川社に勤務し、測量関係の主任として被告の委託にかかる道路、運動公園の測量等に従事しており、父 甲野太郎が昭和五八年二月一日付で退職するまで被告の土木課長であったこと等から、被告の前町長乙山松夫と面識があったこと、ところで、被告の町長は、職員の採用を昭和五七年度以前は殆んどの職員を部内、議員等の推せんを経て選考によって採用していたが、縁故関係や情実が絡んで優秀な人材を集め難いとの批判が高まり、被告の前町長乙山松夫も昭和五七年度から競争試験のみにより職員を採用することとして、昭和五七年一〇月一日付菊鹿町告示第一五号により昭和五七年度菊鹿町職員採用試験の実施要領を告示し、一般事務A 長部局に勤務し一般事務及びタイプ業務に従事する(タイピストの技能を必要とする。)者 一名、一般事務B 長部局、教育委員会事務局に勤務し対外折衝、調査等の職務並びに時間外の勤務を比較的多く要する職務等男子にふさわしい事務に従事する者 一名を公募し、昭和五七年一一月七日原告他一九名の一般事務Bの受験者に対し教養 一〇〇点満点、適性 五〇点満点以上合計一五〇点満点の試験を実施したところ、原告の得点は、教養 四二点、適性 四点以上合計四六点であり受験者二〇人中一八位であって、第一次試験合格者は上位から三名にしぼられ、原告は不合格者であったこと、そこで、被告の前町長乙山松夫は、昭和五八年二月一日付菊鹿町告示第三一号により第一次試験の結果一般事務Aの合格者三名、一般事務Bの合格者三名と発表し、さらに、被告の現町長富田従道は、昭和五八年二月九日付菊鹿総発第一〇六一号により第一次試験の合格者六名に対し面接試験、作文試験、身体検査及びタイプ技能検査(但し、一般事務Aの受験者のみ)を内容とする第二次試験を昭和五八年二月一七日被告の町役場で実施する旨の通知をし、第二次試験の結果によって最終合格者を一般事務A 丙川春子、一般事務B 丁原夏夫、戊田秋夫の三名に決定し、昭和五八年三月一日付菊鹿町告示第三五号によって右三名を昭和五七年度菊鹿町職員採用試験合格者とする旨の発表をし、その余の者に不合格の通知をし、昭和五八年度菊鹿町職員採用予定者名簿に一般事務A 丙川春子、一般事務B 1 丁原夏夫、2 戊田秋夫と登載したこと、ところで、被告の前町長乙山松夫は昭和五八年一月二三日施行の被告の町長選挙に立候補したが落選し、昭和五八年二月三日をもって被告の町長の任期が終了することとなるや、かねてから、原告及び原告の父 甲野太郎から原告の土木課技術職員として採用して貰いたい旨の依頼を受けていたので、昭和五七年度以降選考の方法による採用を排し競争試験により合格者を選抜し職員採用予定者名簿に登載して欠員が生じた場合その中から採用するとの方針に反し、被告の町長の任期が終了する直前に至って総務課長等人事担当職員になんら相談することなく、独断選考により原告を被告の土木課技術職員に採用する意向を固めて、町長の任期が終了する二日前の昭和五八年二月一日、原告のほかに職員として採用するよう依頼を受けていた甲田三郎、乙田五郎、及び丙田八郎以上四名を町役場に呼び出し、第一次試験合格者の甲田三郎及び第一次試験不合格者の乙田五郎を被告職員として採用し、かつ、産業開発課勤務を命じ、第一次試験不合格者の原告及び丙田八郎を被告職員として採用し、かつ、土木課勤務を命ずる旨告知し、さらに、右事情を知らない総務課長内古閑研一に対し町長の任期の最終日である昭和五八年二月三日に同月一日付で右四名を被告職員として採用する旨の辞令を作成するよう指示したこと、しかしながら、当時被告の長部局には保育所の保母(女子)一名以外は欠員がなく、右四名を長部局職員として採用した場合、菊鹿町職員の定数に関する条例二条一号による長部局の職員定数 九九名を超過して過員を生ずる事態であったこと、そこで、総務課長内古閑研一は、右四名の採用は、競争試験による合格者から職員を採用する方針に反し、かつ、菊鹿町職員定数に関する条例による職員定数を超えて過員を生じ、熊本県鹿本事務所の係官も右採用は違法、かつ、不当である旨の意見であり右採用を思いとどまるよう意見を具申したが聞き入れず、原告ほか三名を昭和五八年二月一日付で被告の職員として採用し、原告に被告の土木課勤務を命ずる旨の辞令を自ら作成し、他の三名の辞令も作成し、総務課長をして原告ほか三名に交付させたこと、一方、被告の現町長富田従道は、昭和五八年一月二三日施行の被告の町長選挙に立候補して当選し、昭和五八年二月四日被告の町役場に初登庁し、総務課長内古閑研一から前町長乙山松夫が町長の任期終了間際に、被告職員の採用方針に反し、かつ職員定数を超えて過員を生じ菊鹿町職員の定数に関する条例に反して原告ほか三名の採用を独断的に強行した旨の報告を受けて、直ちに右違法、かつ、不当な採用を取り消すべく、昭和五八年二月五日原告ほか三名を被告の町役場に出頭させ、原告ほか三名の右採用は、菊鹿町職員の定数に関する条例に反し過員を生じ、かつ、原告ほか三名中原告ほか二名は昭和五七年度採用試験の第一次不合格者であって採用することができない者である旨を告げ、採用の取消通知と題する書面を手交したところ、原告を除くその余の者はこれを了承したこと、そして、採用取消処分を受けた原告ほか三名は、当時、昭和五七年度以降被告職員は選考の方法では採用されず、競争試験による最終合格者を昭和五八年度菊鹿町職員採用予定者名簿に登載し、欠員を生じた場合右名簿の中から順次採用されることとなることを十分認識していたこと等の諸事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
なお、前顕証拠によれば、前町長乙山松夫は、任期終了後の昭和五八年二月二〇日に至り同月一日付で原告を被告の土木課工務係を命じ一般行政職五等級六号俸を給する旨の辞令を作成し、被告の総務課長内古閑研一をして原告に対し同月二〇日ごろ交付させたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
しかしながら、右辞令は権限のない者が作成したものであるから無効であることは明らかである。
右事実によれば、原告の採用は、菊鹿町職員の定数に関する条例に仮して過員を生じ、かつ、前町長の任期切れ間際における被告の職員採用方針に反した不当な駈込み採用であって到底容認しうる職員の採用とはいえず、右違法、かつ、不当な採用を直ちに是正するためにした採用取消処分は、被告の町長の裁量権の範囲内の正当な処分であって、採用取消処分になんらの瑕疵も認められないから、原告の右主張は理由がない。
三 そうすると、原告の請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 相良甲子彦 裁判官 吉田京子 荒川英明)